開陽丸は1866年(慶応2年)、江戸幕府がオランダのドルドレヒトにあるフィールネウールト造船所に発注した最新鋭の蒸気スクリューフリゲート艦であり、排水量約2590トン、大砲26門を備えた当時最強クラスの軍艦であった。1867年に竣工し日本へ回航された同艦は、幕府海軍の旗艦として位置づけられた。1868年(明治元年)、戊辰戦争が勃発すると、幕府崩壊後も抗戦を続けた榎本武揚は開陽丸を旗艦として旧幕府艦隊を率い、蝦夷地(北海道)へ向けて南下した。同年11月、函館へ向かう途中に江差沖で暴風雨に遭遇し、開陽丸は座礁・沈没した。これにより榎本軍は主力艦を失い、翌1869年の箱館戦争の敗北につながったとされ…