宝照山普賢院は真言宗豊山派の寺院で、弘仁初年頃(810年代)に圓鏡上人によって開創されたと伝わります。承安元年(1171)には行海上人が開基したとされ、鎌倉時代から江戸時代初期にかけては「永福寺」の寺号を用いていました。かつて南祖坊がこの地で修行を積んだのち十和田湖に入定し青龍権現となったという「十和田湖龍神伝説」ゆかりの寺としても知られます。藩政期には奥州南部糠部三十三観音霊場第十五番札所・徳楽寺観音堂の別当寺を務め、地域信仰の中心として機能してきました。享保年間(1716〜1736)には中興が行われています。本堂に安置される本尊・愛染明王像は文化7年(1810)に奉納されたもので、七崎観音…