1876年(明治9年)10月、福岡県秋月(現・朝倉市)で起きた士族反乱。廃刀令・秩禄処分に憤激した秋月藩士族が、熊本で勃発した神風連の乱の報を受けて決起した。旧秋月藩士の宮崎車之助・磯淳らを中心とする約400名の士族が挙兵し、久留米・小倉へ進軍しようとしたが、政府軍の前に敗北した。指導者の多くは戦死・捕縛され、宮崎ら主要人物は処刑された。同年には山口県の萩の乱も相次いで起き、この三つの反乱はいずれも失敗に終わったが、不満を持つ士族層の存在と政府への抵抗の機運を示すものとなった。秋月は城下町の景観が良好に保存されており、現在は「九州の小京都」として知られる観光地となっている。旧秋月藩の武家屋敷跡や秋月城の長屋門・黒門などが今も往時の面影を残し、乱の舞台となった土地の歴史を伝えている。