創建は3世紀頃にさかのぼるとされ、仲哀天皇が当地で崩御した後、神功皇后がその御廟を造営したことを起源と伝える。奈良時代には勅祭社として朝廷から勅使が派遣される格式を有し、以降も皇室との深い結びつきが続いた。平安時代には『延喜式』神名帳に記載され、名神大社に列せられたとされる。中世には戦乱による社勢の衰退もあったが、近世に入ると歴代の筑前藩主による社殿の修造・保護が行われ、境内の整備が進んだ。明治時代には近代社格制度のもとで官幣大社に列せられ、国家的な崇敬を集めた。現在の本殿は「香椎造」と呼ばれる独自の建築様式を伝えるものとして国の重要文化財に指定されており、創建以来の信仰の場として今日に至る。