曹洞宗の寺院で、山号を玉龍山、本尊は十一面観音。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、当地を地盤とした武将・岡部忠澄が開基したと伝わる。忠澄は源義経・源範頼のもとで活躍し、一ノ谷の戦い(1184)で平忠度を討ち取ったことで知られる武将で、建久8年(1197)に没したと寺の記録は伝える。現在の深谷市「普済寺」という地名は、忠澄が建立したこの寺の寺号に由来する。境内の北西には五輪塔群が残り、中央の大型塔が忠澄の墓とされ、大正13年(1924)に埼玉県指定史跡に指定された。境内に生育するカヤの木は深谷市指定天然記念物となっている。