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伊豆急行「伊豆急下田」駅から徒歩15分またはバス利用
静岡県下田市柿崎31-6
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災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来
下田市柿崎に位置する曹洞宗の寺院。初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリスが1856年から1857年にかけて日本最初のアメリカ領事館として使用したことで歴史に名を刻む。境内にはハリスの記念碑とハリスが飼っていた牛の墓が残り、ハリス記念館では幕末の日米交渉に関する資料を展示している。また境内にはロシア領事館も設置されたことがあり、下田が開国日本の外交の表舞台であったことを今に伝える。幕末日本の国際化の象徴として多くの訪問者を集める史跡である。
玉泉寺は、慶長5年(1600年)頃に創建されたと伝わる曹洞宗の寺院である。柿崎の地に根ざした同寺は、江戸時代を通じて地域の菩提寺として機能してきた。幕末期、下田が日米和親条約(1854年)により開港地となると、同寺は国際外交の舞台へと変貌する。1856年(安政3年)、初代駐日アメリカ総領事タウンゼント・ハリスが境内を日本初のアメリカ領事館として使用し、1857年に江戸へ移るまでの間、日米通商条約締結に向けた外交交渉の拠点となった。さらに同時期にはロシア領事館も境内に設置され、下田が列強との外交の最前線であったことを如実に示している。明治以降、境内にはハリスを顕彰する記念碑が建立され、ハリスが飼…
安政3年(1856年)8月、初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリスは下田の玉泉寺に日本初のアメリカ領事館を開設した。ハリスはこの寺に約1年半滞在し、日本側との粘り強い交渉を重ねた。孤独な環境の中で病にも苦しみながらも、安政5年(1858年)に日米修好通商条約の締結に成功し、日本の本格的な開国と近代外交の道を開いた。
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