矢部川から分流する花宗川の起点・花宗堰のほとりに鎮座する神社。文禄年間(1592〜1596年)、山下城主・筑紫広門の家臣・牛島蔵人之丞隆政がこの地の守護神として下津江の熊野宮を奉じたのが起源と伝わる。かつて上津江・下津江・後ノ江の3地区にそれぞれ祀られていた氏神が、明治末から大正初期(1911年ごろ)に矢部川沿いの現在地に合祀されて現在の形となった。社殿の床下には無数の河石が敷かれており、大正10年(1921年)の大水害においても被害を免れたという逸話が残る。境内近くは矢部川の清流と蛍が織りなす風光明媚な地で、往時は蛍見や納涼の行楽でにぎわった。毎年7月には茅の輪くぐりと「津江の衆祇園祭り」が…