龍光寺の創建は大同2年(807年)とも弘仁6年(815年)とも伝わり、弘法大師空海が巡錫の折に十一面観音菩薩を刻んで本尊とし、開創したとされる。その際、白狐に乗った稲荷大明神が現れて大師を守護したとの伝承があり、これが境内に稲荷社を合祀するという四国霊場では珍しい形式の起源とされる。中世においては南予地方を支配した宇都宮氏や西園寺氏の庇護を受けたと伝わるが、詳細な記録は乏しい。近世には伊予国内の霊場として四国遍路の巡礼路が整備される中で、土佐路から伊予路へと入る最初の札所として「伊予の関所」的な役割を担うようになった。明治時代の神仏分離令の影響を受けながらも、稲荷大明神との合祀形式は維持され、…