1945年(昭和20年)の沖縄戦で動員され、命を落とした沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校(両校の合同称が「ひめゆり」)の生徒・教師240名を追悼する碑。1944年に女子学生・教師が陸軍病院への看護要員として動員され、傷病兵の看護・手術補助・食事運搬などの過酷な任務に従事した。米軍の進攻により沖縄南部に追い詰められた1945年6月18日、突然に解散命令が下され、逃げ場を失った学徒たちは砲弾や手榴弾によって次々と命を落とした。生存者はわずか80名余りであった。ひめゆりの塔は1946年(昭和21年)に遺族・生存者によって建立された。1989年に開館した平和祈念資料館では、生存者の証言映像・遺品・当時の状況の展示が行われ、「戦争の中で少女たちに何が起きたか」を具体的に伝えている。沖縄修学旅行の必訪地として毎年多くの学生・観光客が涙とともに訪れる。