廣瀬神社(廣瀬大社)は、大和川・葛城川・曽我川の三川合流点に近い河合の地に鎮座する古社で、主祭神は農耕と水を司る若宇加能売命(廣瀬大忌神)。創建は崇神天皇9年(社伝)とされ、境内の池が一夜で陸地に変わり橘が生えたという奇瑞を機に社殿が建てられたと伝えられる。文献上の初出は『日本書紀』天武天皇4年(675年)4月条で、「大忌神を廣瀬の河曲に祀らはしむ」と記され、龍田の風神と対をなす国家的祭祀として執り行われた。延喜式では名神大社に列格し、月次・新嘗祭の幣帛にも預かる最高位の社格を有した。平安時代には二十二社(中七社)の一社に数えられ、公家・武家の崇敬を集めた。永正3年(1506年)には細川政元の…