人吉城は建久9年(1198年)、相良長頼が地頭として球磨郡に入部し、その居城として築いたのに始まるとされる。以後、相良氏は鎌倉・室町・戦国の各時代を通じて球磨地方に勢力を保ち、約700年にわたり同地を統治し続けた。戦国期には近隣の島津氏や豊臣秀吉の九州平定に際しても相良氏は存続を認められ、江戸時代には人吉藩2万2千石の藩主として城の整備・拡張が進められた。17世紀以降、球磨川に面した地形を活かした石垣の大規模な築造が行われ、「武者返し」と呼ばれる独特の反り返り石垣が構築された。明治4年(1871年)の廃藩置県にともない城は廃城となり、明治7年(1874年)には建造物の多くが解体・撤去された。そ…