spot/[id]

ホーム
>
都道府県から探す
>
熊本県
>
人吉市
>
JR人吉駅
>
人吉城跡
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
人吉城跡
熊本県
創建
1198
種別
史跡
アクセス
JR人吉駅から徒歩15分
熊本県人吉市麓町18-4
Google Map で開く ↗
基本情報
史跡
創建 1198
828年目
概要
鎌倉時代の建久9年(1198年)から明治維新まで、相良氏が約700年にわたって統治した人吉城の遺構。球磨川の清流沿いにそびえる石垣は水面に映えて美しく、「武者返し」と呼ばれる反り返った石垣の技法が見どころ。国の史跡に指定されており、城跡には人吉城歴史館も隣接。球磨焼酎と温泉で知られる人吉・球磨地方の観光の核として多くの歴史ファンが訪れる。日本100名城にも選ばれた南九州を代表する中世・近世城郭遺跡のひとつ。
由緒
人吉城は建久9年(1198年)、相良長頼が地頭として球磨郡に入部し、その居城として築いたのに始まるとされる。以後、相良氏は鎌倉・室町・戦国の各時代を通じて球磨地方に勢力を保ち、約700年にわたり同地を統治し続けた。戦国期には近隣の島津氏や豊臣秀吉の九州平定に際しても相良氏は存続を認められ、江戸時代には人吉藩2万2千石の藩主として城の整備・拡張が進められた。17世紀以降、球磨川に面した地形を活かした石垣の大規模な築造が行われ、「武者返し」と呼ばれる独特の反り返り石垣が構築された。明治4年(1871年)の廃藩置県にともない城は廃城となり、明治7年(1874年)には建造物の多くが解体・撤去された。そ…
もっと読む
豊臣秀吉とのつながり
天正15年(1587年)の豊臣秀吉による九州平定の際、人吉城を本拠とする相良氏は秀吉に臣従し、領国の存続を認められた。島津氏の圧力にも屈せず球磨を守り続けた相良氏は、秀吉の裁定によって江戸時代に至るまでの支配を継続することになった。

ゆかりの人物
1

みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U