和泉国の農村・毛穴町に位置する本念寺は、浄土真宗本願寺派の末寺として地域の精神的支柱となってきた。鎌倉末期から室町時代にかけて、親鸞の法孫・覚如(1270〜1351年)や蓮如上人(1415〜1499年)の布教により浄土真宗は畿内各地に根を張り、和泉国の農民層に広く普及した。特に蓮如の御文(お文)による布教は平易な言葉で他力念仏の信心を説き、庶民の心を捉えた。戦国の兵火を経ながらも、堺周辺の門徒は信仰共同体(講)を組み本山との絆を守り続けた。江戸幕府の寺請制度のもと菩提寺としての役割を担い、明治以降も地域の法要を司る道場として今日に続く。