応安4年(1371年)、後醍醐天皇の皇子・無文元選禅師によって開創された臨済宗方広寺派の大本山。無文元選は中国で禅を修めた後に帰国し、この奥山の地に伽藍を構えたと伝わる。室町時代から戦国時代にかけて次第に発展し、最盛期には約60の塔頭を擁する大寺院へと成長した。江戸時代には徳川家の庇護を受けて寺運が安定し、半僧坊大権現の信仰が広まった。明治7年(1874年)に火災によって主要伽藍の大半が焼失する大きな打撃を受けたが、その後再建が進められた。現在見られる三重塔や七尊菩薩堂はじめ各堂宇は近代以降に整備・復元されたものを含む。境内各所に配された五百羅漢像は参詣者に親しまれ、「奥山半僧坊」として火防・…