一乗谷城は、越前国を支配した戦国大名・朝倉氏が1471年(文明3年)に築いた山城であり、一乗谷の谷あいに城郭と城下町を整備した。朝倉孝景(英林)を初代とする五代約100年にわたり、朝倉氏は越前の実質的な支配者として文化・産業の中心地を築き上げた。最盛期には人口1万人を超えるとされる城下町が形成され、京都文化を取り入れた高度な武家文化が花開いた。しかし1573年(天正元年)、織田信長の侵攻により朝倉義景が敗走・自刃し、城下町は焼き払われて灰燼に帰した。その後、城下は自然に埋没し、江戸時代を通じて地中に封じられた。近代に入り発掘調査が進むと、建物跡・庭園・生活遺物が良好な状態で出土し、1971年(…