井伊谷の地は平安時代末期より井伊氏が支配し、南北朝時代には南朝方の拠点として重要な役割を果たした。後醍醐天皇の第三皇子・宗良親王は建武年間(1334年頃)以降、遠江・信濃をはじめ各地を転戦しながら南朝再興を目指し、40年以上にわたり活動を続けた。親王は井伊谷にも滞在し、井伊氏の庇護を受けたと伝わる。親王の崩御後、その御霊はこの地に深く結びついたとされる。明治維新後、明治政府は南朝の正統性を顕彰する政策を推進し、明治5年(1872年)に宗良親王を祭神とする井伊谷宮が創建された。官幣中社に列せられ、国家的な祭祀が執り行われるようになった。明治以降も社格と信仰は維持され、現在は南朝忠臣の霊を祀る神社…