隅田川下流域の足立区谷中地区には複数の稲荷神社が点在しており、それぞれが農村の小字(こあざ)単位で氏神として機能してきた歴史がある。谷中4丁目の稲荷神社もその一社で、宇迦之御魂神を奉斎して五穀豊穣と地域の安寧を守ってきた。江戸時代の農村においては、各集落が独自の鎮守を維持する「村社」システムが一般的であり、隣接する地区の稲荷神社との棲み分けが自然と成立していた。農民たちは田植え・収穫の時期に氏神への祈願と感謝を捧げ、年中行事と神社祭礼が農業暦に基づいて組まれていた。現在も谷中4丁目の地域信仰の場として維持されている。