久我山に鎮座するこの稲荷神社は、神田川と玉川上水が近接する農村地帯の守護神として古くから地域住民の信仰を集めてきた。久我山は江戸期を通じて農業と養蚕が盛んな武蔵野の典型的な村落であり、稲荷信仰は五穀豊穣への祈りと商業発展への願いを一体として担った。明治末に京王電気軌道(現・京王井の頭線)の前身となる路線が整備されると、久我山は次第に住宅地へと転換していったが、稲荷神社は地区の産土信仰の場として守られ続けた。現在は住宅街の中に静かに佇む社だが、例祭には地区の人々が集い、玉川上水の水辺と武蔵野の自然に根付いた農耕信仰の記憶が現代へと伝えられている。