spot/[id]

ホーム
>
都道府県から探す
>
福島県
>
耶麻郡
>
JR磐越西線猪苗代駅
>
猪苗代城跡(亀ヶ城)
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
猪苗代城跡(亀ヶ城)
福島県
創建
1384
種別
アクセス
JR磐越西線猪苗代駅から徒歩約20分
福島県耶麻郡猪苗代町字城山
Google Map で開く ↗
基本情報
創建 1384
642年目
概要
猪苗代湖の北方に位置する猪苗代城は、亀ヶ城とも呼ばれる中世の山城跡。猪苗代氏の居城として知られ、蘆名氏との関係で複雑な歴史を刻んだ。摺上原の戦い(1589年)の前哨戦として、伊達政宗軍は猪苗代城を攻略し、この城を拠点として摺上原に進軍したとされる。城は猪苗代盆地を見下ろす丘陵に築かれ、磐梯山と猪苗代湖を背景とした雄大な景観の中に遺構が残る。石垣の一部や堀の跡が残存し、戦国時代の城の姿をしのばせる。摺上原の戦いを語る上で欠かせない史跡であり、会津地方の戦国史を理解するために重要なスポット。現在は城跡公園として整備され、磐梯山の眺望が楽しめる。
由緒
猪苗代城(亀ヶ城)は、1384年(至徳元年)頃に猪苗代氏によって築かれたと伝わる。猪苗代氏は会津を本拠とする蘆名氏の有力家臣であり、城は猪苗代盆地を見渡す丘陵上に構築され、交通・軍事の要衝として機能した。室町・戦国期を通じて猪苗代氏の居城として維持されたが、蘆名氏との関係は必ずしも安定せず、たびたび緊張を孕んだとされる。1589年(天正17年)の摺上原の戦いに際し、伊達政宗軍は事前に猪苗代城を攻略・接収し、この城を前進拠点として摺上原へ進軍したとされる。同戦いで蘆名氏が滅亡すると、会津地方は伊達氏の支配下に入った。その後、豊臣秀吉の奥州仕置(1590年)により伊達氏は会津を離れ、蒲生氏・上杉氏…
もっと読む
伊達政宗とのつながり
政宗は摺上原の戦いに先立ち猪苗代城を攻略し、この地を蘆名氏への進攻拠点とした。猪苗代の確保が摺上原決戦の勝利を導いた。

ゆかりの人物
1

みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U