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岩出山城跡
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岩出山城跡
宮城県
創建
1591
種別
アクセス
JR陸羽東線有備館駅から徒歩約10分
宮城県大崎市岩出山城山
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基本情報
創建 1591
435年目
概要
伊達政宗が豊臣秀吉の奥州仕置後に新たな居城として整備した城。1591年から1601年まで政宗はここを本拠とした。岩出山城は大崎平野を見下ろす丘陵に築かれ、城下町も整備された。政宗がここで過ごした約10年間は、仙台移封前の重要な時期であり、仙台城の築城計画もこの地で練られたとされる。城下には政宗の学問所として知られる旧有備館が現存し、国の史跡に指定されている。現在、城跡は公園として整備され、岩出山城本丸跡には政宗像が建てられている。大崎市岩出山地区の中心的な歴史スポットである。
由緒
岩出山城の地には、中世より大崎氏の支城として砦が置かれていたと伝わる。1591年(天正19年)、豊臣秀吉による奥州仕置により葛西・大崎一揆が鎮圧された後、伊達政宗は所領の大幅な削減を受け、本拠を米沢から岩出山へと移した。政宗はこの丘陵地に城郭を整備し、城下町の建設にも着手した。1601年(慶長6年)に仙台城(青葉城)が完成するまでの約10年間、岩出山城は伊達氏の本拠として機能し、仙台城の築城計画もこの地において策定されたとされる。政宗の仙台移封後は、五男の伊達忠宗(後に仙台藩第2代藩主)らが岩出山を治め、岩出山伊達氏の居城として幕末まで存続した。明治維新後、廃城となり建造物は失われたが、城跡は…
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伊達政宗とのつながり
豊臣秀吉の奥州仕置で岩出山への移封を命じられた政宗は、1591年から1601年の仙台移転まで岩出山城を本拠地とした。この10年間に政宗は関ヶ原の戦いを乗り越え、徳川家康との関係を構築し、仙台城の築城計画を策定するなど、伊達家再興の礎を岩出山で築いた。

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