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岩戸山古墳
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岩戸山古墳
創建
530
種別
古墳
アクセス
JR鹿児島本線「羽犬塚」駅からバスで約30分またはタクシー
福岡県八女市大字岩戸地内
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基本情報
古墳
創建 530
1496年目
概要
岩戸山古墳は福岡県八女市に位置する6世紀前半(531年頃)に築造された前方後円墳であり、全長約135メートルという規模を持つ。この古墳は「筑紫君磐井(つくしのきみいわい)」の墓として歴史的に著名であり、日本書紀に記されたいわゆる「磐井の乱」(527〜528年)の主人公とされる人物の墓である。磐井は九州北部を支配する有力豪族であり、継体天皇の朝鮮半島への派兵に対して反乱を起こしたと伝えられるが、大和政権の物部麁鹿火(もののべのあらかい)によって討伐されたとされる。古墳の周囲には「石人(せきじん)・石馬(せきば)」と呼ばれる石製の人物像・動物像が多数配置されていたことで知られており、当時の九州の石造文化の高さを示している。現在は岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」が隣接し、石人・石馬の実物や復元品を展示している。国の史跡に指定されており、古代日本の政治史における重要な事件の舞台として、歴史ファン…
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由緒
6世紀前半(531年頃)築造。筑紫君磐井の墓とされ、「磐井の乱」で有名。石人・石馬が多数配置された石造文化の遺跡。国の史跡指定。

関連する歴史的事件
1

527
磐井の乱
527年、筑紫君磐井が朝廷の新羅出兵命令に反抗して起こした反乱。磐井は九州北部に強大な勢力を持ち、朝鮮半島の新羅・百済と独自の外交関係を築いていた。大和朝廷は物部麁鹿火を大将軍に任命して討伐軍を派遣。翌528年、磐井は豊前国(現在の福岡県と大分県の境界付近)で討たれ、乱は鎮圧された。この反乱は大和朝廷による九州支配の確立と、中央集権化の重要な画期とされる。磐井の子・葛子は糟屋屯倉を献上して赦免を求めた。
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