出水麓武家屋敷群は、薩摩藩が江戸時代初期に整備した「外城(とじょう)制度」に基づき形成されたとされる。外城制度とは、藩内各地に武士を分散配置して独立した武士集落(麓)を設け、地域の防衛と統治にあたらせた薩摩藩独自の制度であり、出水はその中でも北薩摩の要衝として特に重視された拠点の一つと伝わる。17世紀以降、武士たちは石垣と生垣を巡らせた屋敷を整然と構え、独自の武士文化と厳格な気風を守り続けたとされる。明治維新後、武家社会の解体により多くの武家屋敷が各地で失われたが、出水麓では良好な状態で屋敷群が保存されてきた。1995年(平成7年)には、石垣・生垣・屋敷地が一体となった町並みが評価され、国の重…