隼人塚は、720年(養老4年)の隼人の乱に由来する石塔群である。古代南九州の隼人族は独自の文化を持ち、大和朝廷への服属を拒んで抵抗を続けたが、同年の乱で朝廷軍に敗北した。その後、戦死した隼人の霊を鎮めるために建立されたと伝わる。石塔は4基が並び、石仏とともに独特の景観を形成している。中世以降の詳細な変遷は明らかでない部分も多いが、地域の人々によって長く信仰・管理されてきたとされる。近代に入ると、南九州の古代史を物語る遺跡として学術的な注目を集めるようになり、国の史跡に指定された。現在も霧島市隼人町内に所在し、隼人族の歴史と鎮魂の場として保存されている。