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掛川城
静岡県
今川・徳川・山内が争奪した東海道の名城——日本初の本格木造復元天守と現存する国重文・二の丸御殿が遠州の風格を今に伝える続日本100名城
創建
1497
種別
アクセス
JR東海道線・掛川駅から徒歩約10分
静岡県掛川市掛川城1-1
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基本情報
創建 1497
529年目
概要
静岡県掛川市に聳える東海道の名城。文明年間(1469〜87年)に今川氏の家臣・朝比奈泰煕が築いたのを起源とし、天正18年(1590年)に山内一豊が近世城郭として大改修して天守を建立した。二の丸御殿は現存する数少ない江戸期の城郭御殿として国指定重要文化財に指定されており、書院造の優雅な意匠を今に伝える。平成6年(1994年)に竣工した木造復元天守は日本初の本格的木造復元天守として建築史上高く評価され、「続日本100名城」(第156号)に選定。城山からは天気の良い日に富士山を望むことができ、周辺には二の丸茶室・竹の丸・掛川城御殿が点在する。JR掛川駅から徒歩10分という好立地で、東海道を旅する観光客にも親しまれる静岡西部の名城。
由緒
掛川城の起源は文明年間(1469〜87年)にさかのぼる。今川氏の家臣・朝比奈泰煕が東海道の要衝に築いた砦が始まりとされ、今川氏親の時代に本格的な城郭へ整備された。今川義元はこの城を遠江支配の拠点として重視し、義元の権勢下で掛川城下は繁栄した。 永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いで義元が討死すると今川氏の遠江支配が動揺。永禄11年(1568年)、徳川家康が遠江侵攻を開始すると、今川氏真は掛川城に篭城して抵抗した。家康は約1年に及ぶ攻城戦の末、永禄12年(1569年)に氏真を降伏・開城させ、遠江を手中に収めた。以後しばらく徳川氏の管轄下に置かれ、武田信玄・勝頼との攻防においても重要な拠点となっ…
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みんなの投稿
1
あきとし
2026/5/13
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