推古天皇の御代にあたる610年(推古18年)、聖徳太子が刀田山に建立したと伝わるのが鶴林寺の起源とされる。当初は「四天王寺式伽藍」を備えた寺院として造営されたと伝えられ、播磨国における仏教布教の拠点となった。奈良時代には太子堂(現存、国宝)が建立されたとされ、白鳳・奈良期の仏像・宝物が伝来している。平安時代には天台宗に転じ、法道仙人にまつわる信仰とも結びついたとされる。中世には播磨の武家勢力の帰依を受けて伽藍の整備が進み、1397年(応永4年)に現在の本堂(国宝)が建立された。室町時代以降も地域の信仰を集め、太子信仰の聖地として「播磨の法隆寺」と称されるようになった。近世には姫路藩をはじめとす…