創建年代は不詳だが、文明8年(1476年)に金幣が作製されたという記録が最古の文献であり、室町中期には既に鎮座していたことが確認される。当初は「水越明神社」と称し、荒川と新河岸川に挟まれた難波田(現・南畑)の低湿地帯の鎮守として農村を守護してきた。弘化年間(1846-47年)の大洪水では金幣が流出する被害を受けた。明治5年(1872年)に村社に指定。明治41年(1908年)、近代の神社整理にもとづき赤石氷川社・雷電社・稲荷社・蛇木社・須賀社の5社を合祀し、周辺集落の信仰を一社に集約した。大正初期(1909-10年頃)に旧来の社名「水越明神社」を廃し、鎮座地の地名から「上南畑神社」と改称した。平…