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刈谷城跡(亀城公園)
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刈谷城跡(亀城公園)
愛知県
創建
1533
種別
アクセス
JR・名鉄刈谷駅徒歩10分
愛知県刈谷市城町1-1
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基本情報
創建 1533
493年目
概要
刈谷市城町の亀城公園に位置する城跡。天文2年(1533年)に水野忠政が築城した。「亀城(きじょう)」の別名で知られ、亀の形に似た立地からその名が付いたとされる。徳川家康の生母・於大の方(おだいのかた)の出身地である水野氏の居城として知られる。天守台石垣など往時の遺構が残り、公園として整備されている。於大の方を顕彰した「於大まつり」が毎年開催され、家康の母の出自の地として多くの歴史ファンが訪れる刈谷市の歴史スポットである。
由緒
刈谷城は天文2年(1533年)、三河の武将・水野忠政によって築かれた。城地が亀の形に似ていたことから「亀城(きじょう)」と称されたと伝わる。水野氏は三河における有力な国人領主であり、忠政の娘・於大の方は後に徳川家康を産んだことで知られる。天文11年(1542年)に於大の方が松平広忠に嫁いだことで、刈谷城は徳川氏との歴史的な縁を持つ地となった。戦国時代には織田・今川両勢力の狭間に置かれ、水野氏はたびたび去就を変えながら城を維持した。江戸時代には徳川譜代の大名が城主を務め、土井氏・稲垣氏・本多氏らが入封したと伝わる。明治維新後の廃城令により城郭建築は解体・撤去され、以降は城跡として管理されるように…
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水野勝成とのつながり
水野勝成は刈谷水野家の嫡男として生まれた。16歳の初陣で15人を討ち取る大活躍を見せるも、父・忠重の金を盗もうとして発覚し、告げ口した家臣を斬殺。ついに父から勘当され「奉公構」(仕官禁止のブラックリスト)に指定された。以後15年間の放浪生活を送り、豊臣秀吉・黒田官兵衛・加藤清正ら名だたる大名に仕えては問題を起こし出奔を繰り返した。
徳川家康とのつながり
刈谷城は徳川家康の生母・於大の方の実家である水野氏の居城。家康の外祖父・水野忠政が築いた城で、於大の方はこの地で育った。家康にとって母方の縁深い地である。

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