建穂神社は駿河国安倍郡の式内社(小社)で、延喜式神名帳(927年)に「建穂神社」として登録された古社である。元慶2年(878)には『日本三代実録』に正六位上から従五位への神階授与が記されており、平安時代以前から朝廷に認知されていた。祭神は保食神・天照皇大御神を主祭神とし、かつては養蚕・機織の守護として秦氏の崇敬を集め、「馬鳴大明神」とも称された。江戸時代には隣接する建穂寺の鎮守となり、徳川家康から480石の朱印状を受けたと伝わるが、明治元年の神仏分離令により建穂寺は廃寺となり、神社は本来の姿に復帰した。