桐生市に位置する時宗の古刹で、時宗としては関東有数の規模を誇る。
開山は一遍上人の弟子と伝えられ、時宗特有の踊り念仏の伝統を今に伝える。
本堂は江戸時代中期の再建で、桐生の織物商人たちの寄進により壮麗な造りとなった。
境内の枝垂れ桜は樹齢300年以上と推定され、春には見事な花をつける名木。
桐生織で栄えた商人たちの菩提寺として、墓域には歴代の豪商の墓が並ぶ。
山門は桐生市の指定文化財で、欅造りの堂々とした佇まいが見事である。
毎年の盂蘭盆会では灯篭流しが行われ、渡良瀬川に無数の灯篭が浮かぶ幻想的な光景が見られる。
寺宝には鎌倉時代の阿弥陀三尊像があり、県の重要文化財に指定されている。
庫裏の茶室では定期的に茶会が催され、桐生の文化人が集う社交の場となっている。
渡良瀬川のほとりに位置し、川の流れと寺院の静寂が調和した風情ある佇まいである。
正応年間(1288-1293)、一遍上人の高弟が渡良瀬川のほとりに草庵を結んだのが始まり。
時宗の教えは念仏を唱えながら踊る独特の修行法で、庶民の間に広く浸透した。
室町時代には桐生の地頭の帰依を受け、伽藍が整備されて大寺院へと発展した。
桐生の織物産業が興隆した江戸時代には、豪商たちの寄進により本堂や山門が再建された。
特に享保年間の再建では、桐生織の最盛期の富が反映された豪華な建築となった。
天明の大飢饉(1783-1787)の際には境内で施粥を行い、多くの民衆を救済した。
幕末には桐生の志士たちの密会の場としても利用されたと伝わる。
明治以降も桐生の経済発展と共に寺勢を維持し、大正時代に…