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岸和田城
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岸和田城
大阪府
創建
1400
種別
アクセス
南海蛸地蔵駅から徒歩7分
大阪府岸和田市岸城町9-1
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基本情報
創建 1400
626年目
概要
岸和田市にある近世城郭で、楠木正成の一族が築いた中世の城を起源とする。江戸時代は岡部氏5万3千石の居城として栄えた。3層の天守は昭和に再建されたもので、周囲の八陣の庭(重森三玲作)は昭和の名庭園として知られる。10月の岸和田だんじり祭りは城下町・岸和田の代名詞。
由緒
岸和田城の起源は南北朝時代にさかのぼる。14世紀後半、楠木正成の一族である岸和田氏(楠木氏の一族)がこの地に砦を構えたと伝わり、1400年頃に城郭としての体裁が整えられたとされる。戦国時代には三好氏や織田氏の勢力争いに巻き込まれ、城主が幾度か交代した。1585年(天正13年)、豊臣秀吉の弟・秀長の家臣として岡部則綱が城主となり、以後岡部氏が代々城主を務めた。江戸時代には岡部氏5万3千石の居城として城下町が整備され、近世城郭として発展した。1827年(文政10年)、落雷によって天守が焼失した。明治維新後も城跡は残されたが、天守台は長らく石垣のみの状態が続いた。1954年(昭和29年)、鉄筋コンク…
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豊臣秀吉とのつながり
1585年(天正13年)、秀吉が関白に就任して畿内を掌握していく中、弟・秀長の家臣・岡部則綱が岸和田城主に据えられ、城は豊臣氏の支配圏に組み込まれた。以後、岡部氏が江戸時代を通じて城主を世襲し、岸和田の城下町の基礎を固めた。

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