長野・岐阜県境に位置する標高3,067mの独立峰。富士山・白山とともに日本三大霊山の一つに数えられ、古くから御嶽信仰(御岳信仰)の霊場として崇敬される活火山。山麓には各宗教法人の里宮が点在し、「御嶽講」と呼ばれる信仰集団が現在も全国に組織されている。2014年9月の噴火(死者・行方不明者63人)は戦後最大の火山災害として記録された。噴火後も信仰の山としての崇敬は続き、遭難者の慰霊と山の安全を祈る活動が続けられている。
御嶽山への信仰は奈良時代(8世紀初頭頃)に遡るとされ、700年代に修験者・行者らによって霊山として開かれたと伝わる。平安・鎌倉時代には山岳修験の場として崇敬を集め、中世には諸国の修験者や神職が入峰修行を行っていたとされる。近世(江戸時代)には御嶽信仰が庶民層へと広まり、18世紀後半に武蔵国の覚明行者(1718〜1786)と普寛行者(1731〜1801)がそれぞれ新たな登拝道を開き、信仰集団「御嶽講」の組織化を推進した。これにより信仰圏が関東・東海・信越など全国規模に拡大した。明治初期の神仏分離令により修験道的性格は変容を余儀なくされたが、御嶽信仰の伝統は維持された。1979年(昭和54年)には…