天平8年(736年)、越前の僧・泰澄大師が元正天皇の勅願により、疫病平癒を祈願して創建したと伝わる。創建当初は「渡岸寺」と称し、現在の本尊である十一面観音立像もこの頃に造立されたとされる。平安時代前期に制作されたとみられるこの像は、高さ約195センチの檜材一木造りで、腰をひねった優美な体躯と精緻な彫刻が高く評価され、後に国宝に指定されている。中世以降、戦乱による荒廃を経たとみられるが、観音信仰は地域に根づき続けた。戦国時代には織田信長による湖北攻略に際して兵火の危機が迫り、村人たちが観音像を土中に埋めて守り抜いたと伝わる。江戸時代には真言宗の寺院として再整備され、近世を通じて地域の信仰の中心で…