天平13年(741年)に聖武天皇が発した国分寺建立の詔により、伊勢国の国分僧寺として創建されたと伝わる。出土瓦等の調査結果から7世紀末ごろすでに前身寺院が存在したと考えられ、奈良時代から平安時代前期にかけて伽藍が拡大した。大同4年(809年)には小国である志摩国の国分二寺の僧尼が伊勢国分寺に移されたと記録される。中世以降に衰退し、江戸時代には慶雲寺から国分寺へと改称された。昭和63年(1988年)から平成元年(1989年)にかけて発掘調査が実施され、寺域を区画する溝が確認されるとともに、創建時から4回の溝の掘り直しが明らかになった。境内からは奈良三彩の須弥山形遺物なども出土しており、往時の格式…