天平13年(741年)、聖武天皇は「国分寺建立の詔」を発し、全国の各国に国分僧寺と国分尼寺を一寺ずつ建立するよう命じた。伊勢国分寺は現在の鈴鹿市国分町に創建されたと見られ、金光明四天王護国之寺の名で知られた。昭和63年(1988年)から断続的に行われた計35次の発掘調査により、東大寺式伽藍配置が判明した。中心堂宇である金堂は東西30.5メートル・南北21.9メートル、講堂は東西32.7メートル・南北20.6メートルの規模を誇り、寺域全体は180メートル四方の築地塀に囲まれていた。大正11年(1922年)10月に国の史跡に指定され、平成10年(1998年)には鈴鹿市考古博物館が隣接地に開館した。…