天平13年(741年)、聖武天皇が仏教による国家鎮護のため全国の国に国分寺建立を命じた詔に応じ建立された安房国国分僧寺の後継寺院。安房国は養老2年(718年)に上総国から分立したが、天平13年に一時上総国に再統合され、天平勝宝9歳(757年)に再び分立するという経緯を経たため、他国の国分寺よりやや遅れた創建と見られる。最初の文献記録は仁和2年(886年)に遡る。享保20年(1735年)に本堂が再建された。1976年以降の発掘調査では金堂とみられる基壇や寺域区画溝が検出され、奈良時代後半の創建を裏付ける遺物が出土している。