大同年間、弘法大師空海が湯殿山を開くにあたり梵字川上流に大日如来を勧請した折、「甲子大黒天を刻し、功徳を施すべし」との霊告を受けて尊像を刻み、湯殿山別当・大日寺に奉安したのが始まりと伝わる。明治の神仏分離令により湯殿山大日寺が寺号を廃して湯殿山神社となった際、大日寺の本尊であった出羽三山権現(阿弥陀如来・観世音菩薩・大日如来)と甲子大黒天は、深い縁のあった米沢の宝珠寺へ移された。本尊の甲子大黒天像は慶応元年(1865年)、空道上人によって遷座されたと伝わる。大黒天の縁日が旧暦の甲子(きのえね)の日にあたることに由来する名称で、開運福徳・商売繁盛の信仰を集め、現在も念珠づくりや写経体験の場として…