廣徳寺は大御山西福院と号する真言宗豊山派の寺院で、大同年間(806〜810)の創建と伝えられます。鎌倉時代、源頼朝に仕えた武士・美尾谷十郎廣徳の菩提を弔うため北条政子が大御堂をはじめとする坊舎を再建し、廣徳の名をとって寺号が定められたとされます。天正19年(1591)には徳川家康が鷹狩の折に大御堂の由緒を問い、寺領5石の御朱印状を下付しました。江戸期には末寺26か寺を擁する本山格の寺院として栄えましたが、正保・享保の二度の火災で本堂等を焼失しました。現存する大御堂は様式から室町時代後期の再建と考えられており、昭和25年(1950)に国の重要文化財に指定されています。境内は川島町広徳寺古墳の上に…