延喜元年(901年)、醍醐天皇の勅命により菅原道真が大宰府へ左遷された際、臨月の身であった側室が公を追いこの地に至ったと伝わる。急に産気を催した側室は輿中にて出産を余儀なくされ、その流血が道を赤く染めたことが現在の「赤大路町」という地名の由来とされる。産後の経過が思わしくなく当地で没した側室は、手厚く介抱してくれた里人への感謝から、死後は婦人の安産を守護する神となることを誓ったという。村人がその志に応えて社殿を建立し、菅原道真・側室・その子の三柱を合わせ祀ったのが創祀と伝える。以来「子安天満宮」の名のもと安産祈願の社として篤く信仰され、隣接する鴨神社と一体となり初宮参り・七五三・厄除などの神事…