富岡城は、関ヶ原の戦い(1600年)後に天草4島を与えられた肥前唐津藩主・寺沢広高が、慶長6年(1601年)に築いた海城である。天草灘を見下ろす半島の突端に築かれ、海上交通の要衝を押さえる戦略的拠点として機能した。江戸初期の寛永14〜15年(1637〜38年)に起きた島原の乱では、天草四郎(益田時貞)を指導者とするキリシタンの農民反乱軍が富岡城を包囲・攻撃したが、城代の守将のもと城は守り抜かれた。この戦いは近世日本における最大規模の一揆のひとつとして歴史に刻まれている。乱後、天草は幕府直轄領(天領)となり、寺沢家は天草の領有権を失った。江戸時代を通じて富岡には代官所が置かれ、幕府の支配拠点とし…