五家荘は、文治元年(1185年)の壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した後、生き残った平家の武士たちが追手を逃れて隠れ住んだと伝わる秘境集落群である。「五家」の名は、この山深い地に移り住んだ椎原・緒方・仁田尾・樅木・久連子の五つの家族(あるいは集落)に由来するとされる。急峻な山々と深い渓谷に隔絶されたこの地は外部からの侵入を防ぐのに適しており、平家の落人たちが数世代にわたって独自の文化・風習を守りながら生き延びたと伝えられる。江戸時代には人吉藩(相良氏)の支配下に置かれたが、山深い地形ゆえに独立した生活様式が長く保たれた。明治以降も交通が困難であったため、古くからの茅葺き民家の集落や独特の祭礼・民俗が近…