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IGRいわて銀河鉄道二戸駅から徒歩約20分
岩手県二戸市福岡城ノ内
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1591年(天正19年)に起きた「九戸の乱」の舞台となった城。南部氏の家臣・九戸政実が豊臣秀吉の奥州仕置と南部氏の支配に反発して挙兵し、九戸城に立て籠もった。秀吉は石田三成・浅野長政らを総大将とする6万余の大軍を派遣し、伊達政宗も参加した。城は約1か月の籠城の末に落城し、九戸政実は処刑された。九戸の乱は豊臣政権による東北制圧の総仕上げとなり、これにより東北の戦国時代は終焉を迎えた。現在、城跡は国の史跡に指定され、石垣や堀の遺構が良好な状態で残っている。二戸市の歴史を代表する重要な文化財である。
九戸城は、南部氏の家臣・九戸氏が代々居住した地に築かれた城とされる。九戸氏は南部氏一族の有力な支流であり、長らく糠部郡内に勢力を保っていた。1591年(天正19年)、九戸氏当主・九戸政実は豊臣秀吉による奥州仕置と、それを受けた南部氏の支配強化に反発して挙兵し、九戸城に立て籠もった(九戸の乱)。これに対し豊臣政権は石田三成・浅野長政らを総大将とする6万余の大軍を派遣し、伊達政宗らも加わった連合軍が城を包囲した。約1か月の籠城の末に城は落ち、政実は捕縛のうえ処刑された。この九戸の乱の平定は豊臣政権による東北制圧の総仕上げとなり、東北地方における戦国時代の終焉を画する出来事となった。その後、城は南部…
政宗は豊臣秀吉の命を受け、九戸の乱の鎮圧軍に参加した。この乱の鎮圧により東北の統一が完成し、政宗の仙台移封への道が開かれた。
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