浜松市北区三方原町に鎮座する神社で、天正元年(1573年)1月に起きた「三方ヶ原の戦い」ゆかりの地に鎮座する。三方ヶ原の戦いは武田信玄率いる武田軍と徳川家康・織田連合軍が激突した合戦で、家康は大敗を喫し浜松城へ辛くも逃げ帰った(この敗戦を戒めとして家康自身が描かせたとも伝わる「顰像(しかみ像)」の伝承も残る)。武田信玄はその後同年4月に死去し家康は窮地を脱した。当社はこの激戦の地において両軍戦死者の霊を慰め地域の鎮守となった社として伝わる。明治維新後、三方原台地には旧幕臣の入植による「三方原開墾」が行われ、葵東照宮の前身もこの台地上に創建された。現在も三方原地区の氏神として住民の信仰を集めてい…