三木城は、延徳4年(1492年)に別所則治によって築かれたと伝わる。別所氏は播磨国を拠点とする有力国人領主であり、室町時代後期から戦国時代にかけて勢力を拡大した。16世紀中頃、別所長治の時代に城下町の整備が進み、三木城は播磨における別所氏支配の中枢として全盛期を迎えた。天正6年(1578年)、織田信長の命を受けた羽柴秀吉は播磨攻略を開始し、三木城を包囲。秀吉は兵糧の搬入路を遮断する兵糧攻め(「三木の干殺し」)を展開し、約2年間にわたる長期包囲戦となった。籠城した将兵は極度の飢餓に追い詰められ、天正8年(1580年)1月17日、城主・別所長治は城兵の助命を条件に、自身と一族の自害をもって降伏した…