猿田彦命を主祭神とする延喜式内社(論社)で、旧社格は県社。社伝では日本武尊の東夷征伐の際に当地で猿田彦命を祀ったことに始まるとされ、和銅3年(710年)に多治比真人が籾五斗を奉ったとの記録がある。延喜式神名帳に武蔵国秩父郡の式内社として掲載され、中世には北条氏邦が天正3年(1575年)に五宇あった神殿を一宇に改めて現在地に再建した。明治17年(1884年)10月31日〜11月1日には秩父困民党が当社境内で決起集会を開き、困民軍を編成して蜂起した(秩父事件)。例祭で打ち上げられる「秩父吉田の龍勢」は松材と火薬を用いた農村ロケットの伝統技術で、国の重要無形民俗文化財に指定されている。