承久2年(1220年)、現在の米海軍横須賀基地内にあたる楠ヶ浦泊の波島に勧請された旧横須賀村最古級の古社。三浦半島は当時三浦義村ら三浦一族の領地で、海上交通の要衝への神社勧請には三浦氏の関与が推定される。吾妻鏡・建保3年(1215年)3月5日条には、源実朝が北条義時を伴い横須賀へ花見に訪れ三浦義村がもてなしたと記され、これが「横須賀」地名の最古の文献記録。明治期、海軍用地拡張に伴い波島の旧鎮座地を追われ明治17年に遷座、さらに海軍変電所建設により明治31年に現在地へ再移転。海軍近代化で二度も立ち退きを強いられた歴史は、横須賀の軍港都市への変貌を物語る。