享和3年(1803年)、会津藩5代藩主・松平容頌の治世に、家老・田中玄宰の建議により創設された会津藩の藩校。校名「日新」は儒教の経典『大学』の「苟日新、日日新、又日新」の語に由来する。敷地面積は約8000坪、生徒数は約1000人に上り、儒学・医学・天文学・兵学・武道・水泳など多岐にわたる学問を教授した。その規模と教育内容は全国屈指とされ、会津藩士の子弟教育の中核を担った。幕末期には白虎隊をはじめとする多くの藩士がここで薫陶を受け、会津武士道の精神を培った。慶応4年(1868年)の戊辰戦争において、新政府軍との攻防のなかで校舎は焼失し、約65年の歴史に幕を閉じた。その後、長く失われていたが、昭和…