1585年(天正13年)、伊達政宗が畠山氏の支城・小手森城を攻略した際に行ったとされる「撫で斬り」で歴史に名を残す城。政宗軍は城兵だけでなく、城内にいた女性や子供を含む800人余りを皆殺しにしたと伝えられる。この残酷な行為は敵に恐怖を与えるための戦略的判断であったとも、政宗の苛烈な性格を示すものとも評価される。小手森城は阿武隈川支流の谷間に築かれた小規模な山城で、畠山氏の重要な支城の一つであった。現在、城跡は山中に遺構が残るのみで、案内板が設置されている。この事件は政宗の戦国武将としての冷徹な側面を伝える歴史的事件として知られている。