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JR津久見駅から徒歩15分
大分県津久見市津久見
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津久見市津久見にあるキリシタン大名・大友宗麟(フランシスコ)の墓所。キリスト教式の墓石(十字架)と仏教式の供養塔が併置されており、宗麟の信仰遍歴と九州南蛮文化の象徴的史跡として知られる。県史跡。宗麟が1587年にここで病没したと伝わる。
大友宗麟(1530〜1587年)は戦国時代の豊後国(現・大分県)を拠点とした大名で、1578年にキリスト教に入信し洗礼名フランシスコを受けた。九州のキリシタン大名として南蛮貿易を積極的に推進し、府内(現・大分市)をキリスト教文化の拠点とした。1587年、豊臣秀吉の九州征伐に際して宗麟は秀吉に謁見してキリスト教保護を嘆願したが、その帰途に現在の津久見市において病没したと伝わる。享年57歳であった。墓所には宗麟の信仰を示す十字架型のキリスト教式墓石と、仏教式の供養塔が併置されており、晩年まで続いたキリスト教への帰依と、周囲の仏教的慣習が共存した形で後世に伝えられている。近代以降、宗麟の歴史的・文化…
1587年の九州征伐に際し、キリシタン大名・大友宗麟は秀吉に謁見してキリスト教保護を嘆願した。しかし帰途に津久見で病没(享年57歳)。秀吉の天下統一への動きが宗麟を最後の行動に駆り立て、この地がその終焉の地となった。墓所には十字架と仏教式供養塔が並ぶ。
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