温泉寺の草創は神亀4年(727年)に遡り、道智上人がこの地で千日間の祈願修行を行った末に温泉が湧出したという開湯伝承と一体をなす。本尊・十一面観世音菩薩は上人が温泉の守り本尊として自ら刻んだと伝わる秘仏で、その後も幾度かの火災に見舞われながら寺は再建を繰り返した。平安末期には天台宗の末寺として比叡山延暦寺の寺格を得て、但馬路を行く旅人や湯治客の精神的支柱となった。江戸時代を通じて城崎温泉と一体に栄え、江戸・上方からの湯治文化が定着する中で参拝と湯治を兼ねた旅が一般化した。大正4年(1915年)に志賀直哉が養生のため逗留した際、文学作品『城の崎にて』を通して「城崎」の名が全国に広まり、以来「文学…