大阪府茨木市太田に所在する前方後円墳。墳丘全長226メートル、後円部径138メートル・高さ約19メートルを測り、全国屈指の規模を誇る。宮内庁により第26代継体天皇の陵「三嶋藍野陵(みしまのあいののみささぎ)」に治定され、同庁の管理下にある。出土した円筒埴輪・形象埴輪は隣接する高槻市の新池埴輪製作遺跡から供給されたとみられ、家形・人物形・甲冑形・馬形・鵜形などの形象埴輪が確認されている。ただし埴輪の様式からは築造時期が5世紀中頃(古墳時代中期)と推定され、記紀が伝える継体天皇の没年(6世紀前半)とは年代が一致しない。このため考古学的には、東方約1.6キロメートルにある今城塚古墳(高槻市郡家新町、6世紀前半築造)こそが真の継体天皇陵とする説が学界で有力視されている。