播磨国風土記(713〜717年頃編纂)に「石の宝殿」として記録される兵庫最古の霊地の一つ。石の宝殿は地面から数センチ浮いているように見える巨岩で、水を張った池に浮かぶ様から「浮石」とも呼ばれる。凝灰岩(竜山石)を刳り抜いて造られたとみられるが未完成のまま放置されており、製作年代・目的ともに謎に包まれたままである。
天正7年(1579年)の三木合戦では、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の軍勢が社殿を焼き討ちにし大きな打撃を受けた。1419年銘の大鐘は長く神社の宝として伝わったが、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで大谷吉継が陣鐘として持ち出し、戦後に徳川家康が美濃国・安楽寺へ寄進したと伝わる。江戸時代…